未解決事件簿
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北関東連続幼女誘拐殺人事件
北関東連続幼女誘拐殺人事件(きたかんとうれんぞくようじょゆうかいさつじんじけん)とは1979年以降、栃木県と群馬県で発生している誘拐および殺人事件である。冤罪事件となった足利事件も含まれている。


【概要】

1979年以降、4件の女児誘拐殺人事件と関連が疑われる1件の女児連れ去り事件(失踪事件)が栃木県と群馬県の県境、半径20キロ以内で発生しており、これら5事件まとめて「北関東連続幼女誘拐殺人事件」とされている。また、5つの事件はいずれも現在の群馬県太田市及び栃木県足利市のどちらかで発生しているが、そのうち、足利市内を流れる渡良瀬川周辺で遺体が発見された3事件は「足利連続幼女誘拐殺人事件」ともされている。
これら事件の特徴として、以下の点が共通点としてあげられている。
・被害に遭ったのが4歳から8歳までの女子児童である点
・3事件においてパチンコ店が行方不明の現場になっている点
・3事件において河川敷で死体遺棄されている点
・4事件において週末(金曜、土曜、日曜)に事件が発生している点(残る1事件は週末ではないが祝日に発生)
また、これら5事件全てが未解決事件となっている。


【事件の報道と「足利事件」の冤罪確定へ 】

日本テレビの報道特別番組『ACTION』や『バンキシャ!』で、記者の清水潔が「4件の誘拐殺人事件に加え、1996年に起きた太田市の女児連れ去り事件は連続事件なのではないか」とする観点から2007年1月から報道を続けている。同番組では、足利事件の被疑者とされていた菅家利和が1991年に逮捕されて身柄拘束中であるにも拘らず、その5年後に類似事件である「太田市パチンコ店女児連れ去り事件」が発生したことから、「足利事件の解決」が不自然であるとし逮捕された菅家は冤罪の可能性があるとしてキャンペーン報道を展開。DNA型再鑑定の必要性を訴え続け、再鑑定が実施されたところ真犯人と菅家のDNA型は一致せず釈放となった。2010年3月に再審で菅家の無罪が確定している。
2010年、足利事件の検証を行った最高検察庁は、足利事件を含む北関東で起きた事件が同一犯における連続事件の可能性を認めた。犯人が逮捕されない今、再犯の可能性が危惧されている。


【該当事件】

〈一連の誘拐殺人事件〉
・1979年の殺人事件
1979年8月3日(金曜)、栃木県足利市の5歳女児が自宅近くの八雲神社境内で遊んでいるうちに行方不明となる事件が発生。6日後の8月9日、渡良瀬川近くでリュックサック詰めで全裸遺棄されている女児の遺体が発見された。リュックサックは市内の業者の特殊仕様によるもので数10個しか売られていなかった。
・1984年の殺人事件
1984年11月17日(土曜)、栃木県足利市の5歳女児がパチンコ店から行方不明となる事件が発生。1986年3月8日に自宅から1.7km離れた場所で白骨死体として発見される。
・1987年の殺人事件(群馬小2女児殺害事件)
1987年9月15日(火曜、祝日)、群馬県新田郡尾島町(現・太田市)に住む小2女児(8歳)が子猫を抱いて自宅近くの尾島公園へ遊びに出かけたまま行方不明に。翌年の11月27日、利根川河川敷で白骨死体の一部が発見された。尚、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の犯人の宮崎勤は1989年3月11日に「今田勇子」名義で告白文を朝日新聞本社と宮崎が1988年10月3日殺害した被害者の両親の自宅に送っているが、その告白文で群馬小2女児殺害事件について触れられている。このため、この事件に関して宮崎の関与が疑われたが立件はされず、2002年9月15日に公訴時効が成立。
・1990年の殺人事件(足利事件)
1990年5月12日(土曜)、栃木県足利市の4歳女児がパチンコ店から行方不明となる事件が発生。5月13日に渡良瀬川河川敷で全裸遺棄された女児の遺体が発見された。1991年12月2日、DNA型鑑定結果が犯人と同一人だったことを理由に、同市内に住む当時幼稚園バス運転手だった菅家利和が逮捕され、2000年7月17日に無期懲役判決が確定。しかし、当時のDNA型鑑定は精度が低いことが指摘され、2009年5月に再度DNA型鑑定を実施した際に、菅家と犯人は同一人物ではないという結果が出たため、同年6月に刑が執行停止となり、釈放された。2010年3月26日、再審で菅家には無罪判決が下され、確定した。清水潔による報道の過程で、河川敷で被害者を連れて歩く真犯人の姿が目撃されている事実が判明している。
〈関連が疑われる失踪事件〉
・1996年の失踪事件(太田市パチンコ店女児連れ去り事件)
1996年7月7日(日曜)、群馬県太田市の4歳女児がパチンコ店から行方不明となる事件が発生。この事件は女児の行方が発見されていないため、失踪事件となっている。一連の女児誘拐殺人事件でも2件はパチンコ店からの行方不明となっており、連れ去りの手口が類似していること、この事件の発生現場であるパチンコ店の防犯カメラ映像に映っていた男が、足利事件発生時に目撃された男と似ている点などから関連性が疑われている。


【その他児童に関する同様の未解決事件】

上記の5事件以外でも栃木県と群馬県では女児に関する未解決事件が少なくとも3件(男児を入れると4件)発生している。
・1983年の殺人事件
1983年10月19日群馬県桐生市で遺体発見。
・1985年の失踪事件
1985年10月10日、栃木県日光市で母親の実家に帰省中の3歳女児が長男と長女と釣りで遊んでいる最中に行方不明となる事件が発生。川は深さ40㎝ほどで溺れる可能性は低く、仮に溺れたにしても人間が流れるほどの水の勢いもないため容易に発見されると考えられている。事故・誘拐双方の線から捜索が行われたが、何の手がかりも発見できていない。この事件は女児の行方が発見されていないため、殺人事件ではなく失踪事件となっている。
・1987年の誘拐殺人事件
1987年9月14日に群馬県高崎市で発生。この事件は戦後唯一未解決となった身代金目的の誘拐殺人事件である。本件のみ被害者は男の子。
・2005年の殺人事件(栃木小1女児殺害事件)
2005年12月1日、栃木県今市市(現・日光市)の小1女児(7歳)が下校途中に行方不明となる事件が発生。翌12月2日、自宅から60kmも離れた茨城県常陸大宮市の山林で、遺体が発見された。
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